動詞
📖 目的語には見られる対象をとるほか、目的語なしで「一群人圍觀」のようにも使う。否定は「沒圍觀」。可能補語や重ね型はつくらない。人が取り巻いて見物することを指し、事故や口論の現場について使うことが多く、やや批判的な語気を帯びる。
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取り巻いて見物する、やじ馬になる
📝 大勢が周りを囲んで見ること。手を出さずに見ているだけという含みを帯びやすく、台湾では「看熱鬧」と言うことも多い。
一群人圍觀車禍現場。
(Yì qún rén wéiguān chēhuò xiànchǎng.)
大勢が事故現場を取り巻いて見ている。
大家只是圍觀,沒有人幫忙。
(Dàjiā zhǐshì wéiguān, méiyǒu rén bāngmáng.)
みな見ているだけで、誰も手を貸さなかった。
請不要圍觀,讓救護車進來。
(Qǐng búyào wéiguān, ràng jiùhùchē jìnlái.)
取り囲まないで、救急車を通してください。
他們圍觀了半天才散去。
(Tāmen wéiguān le bàntiān cái sànqù.)
彼らは長いこと見物してから、ようやく散っていった。
現場並沒有人圍觀。
(Xiànchǎng bìng méiyǒu rén wéiguān.)
現場に見物人はいなかった。
⚖️ 類義語との比較
「圍觀」は大勢が取り巻いて見物することで、手を出さずに見ているだけという批判的な語気を帯びやすい。台湾では見物人を「看熱鬧的人」と言い、「看熱鬧」は騒ぎを面白がって見ることを指す。「旁觀」はかたわらで見ていること。「袖手旁觀」は手をこまねいて何もしないことを責める成語。
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生成日:
2026/08/23 09:38
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★★★☆ 高性能AI生成
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